さて、この投稿は一部お試し的要素を含んでいる。
自分は普段Obsidian というアウトライナー、文章エディター、を使って自分が学習したことをまとめ、後で参照できる様にしている。
そこで気をつけていることは「1つの記事、書くこと1つ」である。これはAnkiカードを作成する時、つまり物を覚えるときにも応用されており、「最小情報原則」と呼ばれたりもする。
例えば「Erb Palsy」という簡単なタイトルはそれに当てはまらない。
「腕神経叢の上神経管が障害されたものをErb Palsy と呼ぶ」
など、タイトルを見ただけでそのページに書いてある内容がひと目で分かる ことが重要となる。
これこそが「1つの記事、書くこと1つ」であると考えている。
ではこの記事はどういう目的で作成されているのか。
それは、「幾つかの記事のハブ」である。
ハブとは、車輪やプロペラなどの中心にある部品や構造のこと。転じて、中心地、結節点、集線装置などの意味で用いられる。
IT用語辞典 e-Words, 閲覧日: 2022年3月29日
一言で”Erb Palsy” と言っても
- その原因は何か?
- どこが障害されているか?
- どのような症状が出現するか?
などと様々な概念を含んでいる。
それを1つのノートで記載するのではなく、別々のノートで記載する、というのが私のObsidian における基準である。
更にメタ的な視点で捉えると、この記事は「”Erb Palsy”について言及されている記事をまとめたページ」という1つの出来事が記載されている、と見ることも出来る。
これがノート作成の面白いところだ。
では、本題に移ろう。
Erb Palsy は、どのようなSituation で発生するか
まずは病態の原因Causes から。実は大人と子供で、原因が異なる。
あくまでも確率の話であるから、小児のErb Palsy の原因が大人では全く起こり得ない、というわけでは無いからそこだけ気をつけること。
Q. 小児で発生するErb Palsyって?- A. 分娩時
この記事は医学生もしくは医療を専門としている人を読者として想定しているので、多少専門的な言葉が登場することをお許し頂きたい。
分娩時、赤ちゃんは母親の産道を通って外界へと出てくる。
頭から出てくることを「頭位」といい、それ以外、例えばお尻や足から出てくることを「骨盤位」と呼ぶ。
頭位の場合、画像の様に頭がまず出てきて、その後に肩、お腹、足、という順番に出てくる。
Erb Palsy の原因として知られる「上神経管」が障害されるのはこのタイミングだ。
つまり、肩が出てくる時に無理やり引っ張ることで、神経を傷害してしまうことがある。これが小児における「Erb Palsy」の原因だ。
Q. 成人で発生するErb Palsyって? – A. 木の上、フェンスから肩を下にして落ちる
次に、成人で発症するErb Palsy の原因について考えてみよう。
ここで言う「成人発症」とは、勿論分娩時からErb Palsyを発症していたという例を含まないので注意すること。
小児におけるErb palsy は、肩が外界に出てくる際に無理やり引っ張り、肩が圧迫されることで発生するのだった。
つまり、成人でこれと似たようなことが起これば、上神経管の障害となり、Erb Palsy と呼ばれることになる。
どんな状況か。
それは、首への外傷(trauma)である。
例えば交通事故。バイクから吹き飛ばされて、路肩に首をぶつけた時。
例えばフェンス/木に引っかかった風船を取りに行き、頭から地面に落ちた時。
このような時に、上神経管が障害されることが多いと教科書(First Aid)には記載されている。
これで無くても、首~肩が障害されれば可能性はある。野球で振ったバットが勢い余ってキャッチャーの首にあたったとか、上から植木鉢が振ってきたとか、そういうのでも起こりうる。
ただ試験に出る確率が低い。故に教科書に記載されない(言っちゃったよ)
Q. Erb Palsy ではどこが障害されているか? A. 上神経幹
さて、Erb Palsy という言葉を初めて聞いた人もいるかもしれないので、簡単に説明しておこう。
まずその前に、筋肉はどうやって動くか。これを考えてみよう。
筋肉は神経からの刺激が入って動く
例えば学校で、「この問題分かる人~?」と聞かれ、手を挙げる時を考える。
この時、私達の頭の中では「腕を挙げる」に該当する動きがイメージされ、その時に使う筋肉に対して刺激が入る
(→これは細かくしようと思ったら幾らでも細かく説明できてしまうので、もっと興味がある人は「随意運動 筋肉」などで検索してみよう)
そんなこんなで手を挙げることが出来る。因みにこの時に働いている筋肉の1つに、三角筋がある。
肩の上にモッコリとしているのが三角筋だ。血管が美しい。そんなことはさておき。
腕を支配する神経群「腕神経叢」
我々の身体には大小合わせて600前後の筋肉があるとされており、それぞれの筋肉は1つ1つが神経によって支配されている。
ご多分に漏れず三角筋も、神経によって支配されている。もっと言うと「腋窩神経」という筋肉によって支配されています。
上の画像は脊髄から出ている神経の画像です。肩の辺りに、ひときわ太い神経があることにお気づきでしょうか?
腕や脚などを支配する神経は、そこがすごく細かい動きをするからか?など理由はさておき、太いです。なんならそれぞれの神経が枝を出したり混じり合ったり。絡み合っています。
まるで草むらみたいだなぁ、ということで、「神経叢」と呼ばれます。叢、とは「草むら」という意味の感じです。カッコいいですね。
腕を支配する神経群を「腕神経叢」、脚を支配する神経群を「腰神経叢」と呼びます。
このエリアは1箇所障害されるとその他いろんな場所に影響が出るので特に重要とされており、脊髄神経(脊髄から出ている神経のこと)の授業では間違いなく「腕神経叢」を学習します。
三角筋を支配する腋窩神経も、「腕神経叢」の1つです。
腕神経叢の場所によって呼び方が異なる- 神経根・神経幹・神経束
この画像を見て下さい。
腕神経叢の部分を拡大した画像です。医学部では「系統解剖」という講義があり、実際にご遺体を解剖することがあります。その時に「腕神経叢はどれ?ニヤニヤ」って言ってくる教員がいますが、実際には筋肉とか、脂肪とかがあるので、もっと見にくいです。
普段授業でこんなリアルな画像を用いるかと言えばそんなことは無くて、もっとデフォルメ化されたイラストを扱います。それがこれです。
(字が汚くてすみません。デジタル化すればもっと綺麗になると思います)
この図は神経の分岐など、重要とされる部分をピックアップした画像です。実はもっと分岐しているのですが、代表的な5つの神経(右端に書いてあるやつ)に至る枝だけが書かれています。
黄色、青色、赤色で線が引いてあるのが見えますでしょうか。
腕神経叢はとても長いし分岐が多いので、「腕神経叢の具体的にどこを表現しているのか」を理解するために、新たに名前がついています。地名みたいな感じだと思って下さい。
脊髄本幹から出てきてすぐの黄色の所を神経「根」
少しまとまった青色の部分を神経「幹」
少し分枝して合流した赤色の部分を神経「束」といいます
腕神経叢の「上神経管」が障害されることをErb Palsy と呼ぶ
さて、いよいよErb Palsy の話を初めましょう。
ここまで長かったですね。授業であれば一回伸びをしてもいいレベルです。
さて、本流に戻ります。
1つ1つの筋肉はその動きを神経によって支配されており、例えば三角筋は腋窩神経に支配されています。そしてその腋窩神経など腕を支配する筋肉群のことを、腕神経叢、と呼ぶ。
更に腕神経叢はすごくたくさん枝分かれしているので、どこを指しているのかわかりやすくするため(?)に神経根・神経幹・神経束などと名前がついているのでした。
上で示したイラストのうち、C5 神経根とC6神経根が合流した所、具体的には「上神経幹」が障害された物を、Erb Palsy と呼びます。
何だ、こう言われればすごくシンプルに聞こえる気がしますね。実際には、ここまで3000字位あれこれと言ってきたからこそシンプルなのであり、
「C5 神経根とC6神経根が合流した所、具体的には「上神経幹」が障害された物を、Erb Palsy と呼びます」の41字だけ言われても、分かりません。
オッカムさんは情報を削ぎ落とし過ぎています。
オッカムの剃刀(オッカムのかみそり、英: Occam’s razor、Ockham’s razor)とは、「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針
三角筋が腋窩神経に依って支配されていることは先に述べました。
ここで1つ皆さんに謝らなければいけないことがあります。
一部例外もありますが、基本的には1つの筋肉は1つの神経に依って支配されています。
(→参考: 羊土社, 付録 筋の起始・停止一覧表 )
しかし逆は成り立ちません。つまり、
1つの神経は1つの筋肉を支配しているわけではありません。
例えば、腋窩神経によって支配されている筋肉は2つあります
(→腕神経叢の中で極端に少ないので覚えやすい)
ぽまえさっきからErb Palsy 以外の話しかしねぇじゃねぇか、一体何が言いたいんだ?
まぁまぁ、怒らないで下さい。
つまり上神経幹が障害されると、それに伴って障害される筋肉が沢山出てくる、ということになります。
覚えていただきたいのは、
- 上神経幹はC5, C6神経根が合流したものである
- Erb Palsy とは腕神経叢の中の上神経幹が障害されたものである
の2点です。
Erb Palsy ではどのような症状が見られるか
さて、長かったErb Palsy を巡る度ももうすぐ終わりを迎えます。
「先生、上神経幹が障害されたので診て下さい」とやってくる患者がどれくらいいるでしょうか?
まァほぼいないと思います。たとえ怪我をしたのが医者だったとしても、痛みでそれどころでは無いはず(もし居たら教えて下さい)
つまり、患者は別のことを理由に病院にやってくるわけで、私達が「この人で障害されているのは恐らく上神経幹だな(つまりErb Palsy というやつだな)」と判断する必要があるのです。
えぇ…そんなことわからないよ…
大丈夫。イチから説明します。
肩関節の動かし方は3種類
人の動きはすごく複雑です。バスケやサッカーを見ていても、同じ動きをしている人なんてまず居ませんよね。
でも、その動きを1つ1つ分解していくと、単純に離開することができます。肩関節の場合、大きく3つに分類出来るでしょう。
- 屈曲 – 伸展
- 内転 – 外転
- 内旋 – 外旋
の3つです。これらの動きを組み合わせることで、任意の動きを作ることができます。
そして特定の動きをする時に必要な筋肉は既に明らかにされています。
例えば「肩関節の外転には三角筋・棘上筋が作用することが必要だ」「肩関節の内転には三角筋(全部)・大円筋・広背筋・大胸筋などの筋肉が作用する(上腕筋は作用しない)」など。
つまり、肩関節の外転ができない人は、(私達と身体の構造が同じであると仮定するならば)三角筋・棘上筋に異常があると考えることが出来るのです。
「肩が動かない」と言ってきた人に対しては、上の3つの動きを試して、具体的にどういう動きができないのか?とアプローチしていきます。
上神経幹の障害により肩関節の外転, 肘関節の外転, 手関節の屈曲・回外ができなくなる
すみません。最後はやっぱり「覚えるほか無し」です。
申し訳程度に、それぞれの関節の動きに関与している筋肉について触れておきます。
肩関節の外転: 三角筋, 棘上筋
肩関節の外旋:棘上筋, 棘下筋
手関節の屈曲・回外: 上腕二頭筋(少しイメージしにくいですが、前腕の回外を担っています。力こぶのポーズ)
※Erb Palsy はこれらの動きが「出来ない」のです。
肩関節が外転しません、手関節がなんか回内してます、という人を見たら、
「あ、Erb Palsy かな」
と思いを馳せてみましょう。
実際の現場は答えナシの状態で進む
お気づきの方も多いと思いますが、今回は「Erb Palsy の人が来る」という」前提で話を進めてきました。
肩が痛い、理由を聞けばバイクでコケたと言っている。
肩が痛い、具体的には肩関節の外転、肘関節の外転、手関節の回外が出来ないと言っています。
実際には肩関節の外転が出来ない、と言われたときには「三角筋もしくは棘上筋の麻痺」を考えます。
肩関節の外旋が出来ない、と言われたときには、「棘上筋や棘下筋の麻痺」を考えます。
そしてそういう情報を何個か集めた段階で、「この症状に当てはまるのは上神経幹の障害、Erb Palsy だな」という判断が出来る、ということになります。
終わりに- 「1つの情報、1つのノート」は難しい
- 「Erb Palsy は、どのようなSituation で発生するか」
- 「Q. Erb Palsy ではどこが障害されているか? A. 上神経幹」
- 「Erb Palsy ではどのような症状が見られるか」
の順にお話してきました。本来であれば「どこが障害されている」からはじめ、どんなSituation, 最後にどんな症状が見られるか、という順番が良かったのかもしれません。
コレは本当に難しいところで、どこから始めてもそれらしい話になるのです。
強いて言うなら、全くわけが分からないところから「上神経幹」と言われても、読む気が削がれてしまうのではないかな、と思い、とっつきやすいものから挙げてみた、というのが本心です。
Obsidianの中にErb Palsy に関する事を書くとするなら、途中で触れた「腕神経叢」とか「上神経幹」、「肩関節の外転・内転に関与する筋肉」は別ページに任せる事になるのだと思います。
だって、ページのタイトルだけを見て、その事が書いてあると予想できないから。
この記事は良いのです。「Erb Palsy と見た時に思い出したい事3選」ですから(追加情報含めたら10個以上になるのはご愛嬌)
さて、この記事を頭から読み進めて来られた方は恐らく「腕神経叢」についていくらかの知識をゲットしたことになるでしょうし、肩の筋トレでは怖いもの無しになったことだと思います。
分からないことがあったら、1つ1つ分解する。
意外と1つ1つは単純で、理解しやすいものだと思いますよ。
ではまた。
コメント
ジョンさん、コメント失礼します。
最小情報に分けたものを統合する際はどのようにされていますか?今回のブログのように目次を作成してノート間の隙間を新たに打ち込んでいくようなイメージでしょうか。
KuMedicさん、コメントありがとうございます!
スパムが多くて埋もれてしまっていました^^;
返信が遅くなってしまい、すみません‥
自分はブログを作成する前に2つのステップを置いています。
1. Obsidian 内でNoteを作成する。この時には最小情報原則に沿うように意識する
2. Obsidian 内のNote をいくつか引っ張って来て、1つの記事にする。その際、接続詞や流れを意識する(どの順番でNoteを入れるか、ということ)
KuMedicさんの仰る様に、今回の様に目次を置いて隙間を埋めていく、という形を取ることが多いです。
コレは医学に依らず全ての領域で言えることですが、記事の内容は、記事のターゲットが誰になるのか(基礎医学をやっている1,2年生?CBT受験生?医師国家試験受験生?医師の人?等)がによって変化します。
最小情報原則に沿っていると、例えばターゲットが更に専門的な人の場合はもう少し多くNoteを引っ張ってくる、という調整がかけやすいかな、と感じています。
お返事ありがとうございます。反応が遅くなり申し訳ありません。
最初の頃は最小情報原則を無視してノートを作ってしまっておりその後の使用がスムーズにいかなかったんですが、意識するようにしてから少しはマシになったような気がします。
私の場合は自分しか読みませんが、人にみせる意識を持ってノートを作るのは大切かもしれないですね!
その時は分かっているつもりでも、時間が経ってこれなに書いてんだ?となることもしばしばです笑
まとめ方の参考にさせていただきます!改めてありがとうございました。