”ジョハリの窓”から見る『医学』と『弓道』の共通点【医学生】

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医師はどの様に考えて、患者に治療を提案しているのでしょうか。
また先輩はどのようにして、部活の後輩に指導しているのでしょうか。

この記事は「指導」という過程を経て上達・改善していくスポーツに共通する内容なのではないかな、と感じています。

スポーツ、と言っても私は弓道部に所属しているため、弓道に関係する具体例で説明することが多くなってしまいました。専門用語は出来るだけその都度解説を入れたので、まだ弓道を知らない人も読みやすくなっていると思います。

 

「医療」と「弓道」の共通点を、”ジョハリの窓”で説明する。それでは、本題に入りましょう。

 

 

まずはじめに、軽い自己紹介からさせて下さい。
私は現在医学部に所属する5年生です。大学生になってから弓道を始め、弓道歴も医学部歴も5年目になりました。

弓道は参段まで取得しました。
大学生の中では、四段を取れたらかなりやってる方、参段はぼちぼちやってる方、という感じ。
自分は「ぼちぼちやってる」方だと認識しています。

この記事を書いた人
じょん

2024年に医学部を卒業、現在大学病院と300床程度の市中病院のたすきがけ研修を行う傍ら、研修生活をより楽しく、パワフルに送る方法を発信しています。
自分自身の体験に基づいた信頼性の高い情報を発信し、研修医・医学生に役立つコンテンツをお届けしています。

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病院の先生はどの様に患者を「診断」しているか?

さて、医学部五年生にもなると臨床実習で実際に先生が臨床の現場でどの様に診断、治療、経過観察をしているのか。それを目の当たりにする訳ですが、今日注目したいのは「診断」「治療」のフェーズ。

診断。
名探偵コナン風に言うと「真実はいつも1つ」、鬼滅の刃風に言うと「見えた、隙の糸!」というイメージを持たれている人も多いかもしれませんが、実際はもっと地味、な作業です。

患者が病院に来て、自分の問題を語ります。

11歳の女性、ここ1ヶ月くらい、なんだから体がだるおもらしい。

これを聞いた医師はどうするでしょうか。
初めから血液検査?X線写真の撮影?

いやいや、そんな事はしません。

まず患者に詳しく話を聞きます

体がだるおも、とはカルテに書けない(書いても良いが、他の人にニュアンスが伝わらない)ので「全身倦怠感」と直します。

全身倦怠感が「いつから」あったのか。「特に強い時間帯」はあるか。1ヶ月前、「何かイベントはあったか」。
この様に、患者の症状、について根掘り葉掘り聞くことを「問診」といいます。

問診が終わったら次は「身体所見」です。

明らかにお腹が腫れている、や貧血がある、などの症状をこの段階で見つけ出します。

画像検査をすれば分かるじゃないか、と思う部分もあるのですが、全身の画像を撮る、というのは実は病院にとってもリスクになるのです。
画像を撮るということは、その時点で体にあった情報が二次元に仮固定される、魚拓を取る、ということになりますから。後から「この時に撮影した画像に映っていたじゃないか、医療ミスだ」なんて言われたら困りますからね^^;

画像にほんのうっすら映るだけの病変は、見逃されてしまうこともあります。
どこに注目してほしいのか(例えばお腹に腫れがあるから特にお腹を見てほしい)をしっかりと決めてから画像を取る、ということが重要です。

 

話を戻します。
お腹にコリコリとしたデキモノがある場合は、お腹の画像を撮影します(腹部CT)
酸素と二酸化炭素のガス交換をする肺に異常がありそうならば、肺の画像を撮影します(胸部X線写真)
心臓に問題がありそうなら、超音波検査を行って心臓の動きを見る、ということも出来るでしょう。

患者の症状の中で「ヤバそうな」ところから調べる、、優先順位を付けるために、先にあげた「問診」や「身体所見」が重要なのです。

 

さて、問診、身体所見、画像検査、血液検査が終わったら、ようやく「この人はどんな病気で苦しんでいるのかな」と考えます。

 

この時に「見えた、隙の糸!(患者の諸々の検査所見を上手く説明するにはこの疾患/この病態しかない!と飛びつくこと)」をしても良いのですが、実際現場を見ていると、そのような診断はあまり行われていない様な印象を受けました。

どちらかというと、「まぁ9割この病気だろうな」という、隙の糸を薄っすらと感じつつも隙以外の部分が本当に違うのか、ということを考えている

そんな印象を抱きます。

「隙の糸に飛びついて、実はそこが隙じゃなかったとき」を考える。
ミスったら患者が死んでしまう、ということも視野に入れながら。

勿論「ここが隙の糸ですよ、飛びついてOK」と、確定診断になるような検査もあります。
そういう検査も併用しながら、患者の疾患は何か・何ではないか、を考えていきます。

これが患者が病院に来てから「診断」までの間に行われていることだと認識しています。

弓道における「指導」を考える

Image by Wolfgang Gerth from Pixabay

では次に、弓道における指導、についてお話していきます。

矢を飛ばして自分の手の届かない所の動物を捕らえる。弓道ないし弓、の始まりはそんなところでした。

日本は長く武士が世を治めていた国ですから、弓と馬の修練技術は武士にとって当然出来ること、として広まります。
織田信長、豊臣秀吉が登場する16世紀には鉄砲が伝来。戦闘具として明らかに劣っている弓、は戦場から姿を消します。
その後、弓道ないし弓術、は心身鍛錬の方法として用いられるようになりました。

今の弓道部、で行われている弓道には、的あてゲームとしての側面と、心身鍛錬としての側面、その両方が存在しています。
この両義性がきっかけとなって「どちらがより本当の弓道か」と争いが起こることもあります。

現在私が大学でやっている「弓道」というのは、同じ場所に立ち28m先にある的を射抜く、という競技です。
理論上、同じ体の動かし方ができれば、どんな場所でも当てることが可能になる、というスポーツです。
的の大きさは直径36cm、と非常に小さいものですから、矢を離す瞬間、矢に変なベクトルの力がかかってしまうと、途端に明後日の方向に飛んでいってしまう。それが弓道の難しいところです。

 

また試合は「的中数」が勝敗を決めるものになりますから、普段の練習は「的中」を意識した練習になります。

 

 

弓道、医療の「前提」は何か

何を話す際にも「前提」、が非常に大切です。
医療の場合、治療の前提は「患者の病気を治すこと=いいこと」です。
弓道の場合、指導の前提は「的中すること=いいこと」です。

さて、部活動をしているとき、私に話しかけて来る人がいました。

ジョン先輩、どうも矢が的に当たらないのです。どうしても弓手がしっかりと押せないような気がします

※因みに弓手とは弓を持っている方の手のこと。弓を持っていない方の手を、馬手と呼びます

このような相談をされたとき、どうするのが良いのでしょうか。

本人が訴えているように「弓手がしっかり押せない」が問題なのであれば、「弓手がしっかり押せるようになる」指導をするのが良いように感じますよね。でも、「弓手が押せた」からと言って、的中するようになる訳ではない‥‥。

 

”ジョハリの窓”に基づいて指導を3種類に分けてみる

自己分析の際に用いられる用語で「ジョハリの窓」という概念があります。

ジョハリの窓(ジョハリのまど、英語Johari window)とは自分をどのように公開ないし隠蔽するかという、コミュニケーションにおける自己の公開とコミュニケーションの円滑な進め方を考えるために提案された考え方。

Wikipedia, ジョハリの窓 より引用

”ジョハリの窓”の説明

自分が気がついている・気がついていない、他人が気がついている/気がついていない
この2×2の表を作成し、それぞれを「〇〇の窓」と表現する。

それぞれの領域に別々の自己が存在しており、自己分析のゴールとして「開放の窓の領域を広げること」を設定する、という方法です。

先程の「本人が気がついている場所を指導する」のは、「本人が気がついている」場所です。

周囲もそれに気がついていて、「そうそう、君の弓手を指導しようと思っていたんだよ」となった場合その箇所は「開放の窓」。

「え、あんまり弓手は気にならなかったけど」となった場合、その箇所は「秘密の窓」になります。

 

お気づきの方も何人かいるかもしれませんが、指導にはもう1箇所あります。それが、「盲点の窓」です。
「本人はそこが悪いと思っていないが、周囲はそこが的中しない原因だと思っており、指導する」場合、それは盲点の窓の場所に該当します。

指導する場所が「開放の窓」「秘密の窓」「盲点の窓」のどこに該当するかで、指導の方法や被指導者のモチベーションが変わります。

個人的には「開放の窓」にある部分を指導してもらう時には、自分自身そこが原因だと思っていますし、その気持ちを周囲とも共有することが出来ているので指導されるモチベーションも上がります。

その次が「秘密の窓」でしょうか。周囲は気がついていないけど、自分だけが気にしている。自分が気にしているので直したい、修正したいという思いも強く、開放の窓、までとは言いませんが指導されたときのモチベーションに繋がります。

そして最もモチベーションの維持が難しいのが「盲点の窓」です。なにしろ、自分では指導された箇所が悪い、と思っていないのですから。
その指導内容を採用して調子を崩した場合、「指導によって自分の射を崩された」という感情を抱く可能性もありますから。指導する側も、「本人が気がついていないけどやったほうが良いこと」を指導するわけですから、緊張します。
指導する側、される側にとって、「盲点の窓」の指導は難しいと感じています。

※ 因みにジョハリの窓にはもう1つ、「未知の窓」があります。これは自分も他者もどちらも気がついていない、可視化出来ない部分です。指導、の際には無視して問題ないと考える領域だと思います。

”ジョハリの窓”の考えに基づいた治療の提案方法

さて、ジョハリの窓、という概念を導入して弓道における指導、を説明してきました。
最初に紹介した「医療現場の診断」は、この内どこに該当すると思いますか?
正解は、「開放の窓」「秘密の窓」「盲点の窓」全てです。

開放の窓」パターン
→本人も全身倦怠感で困っており、検査結果などの客観的指標からもそれが明らか。医師はそれを直そうと思っている

秘密の窓」パターン
→検査結果などの客観的指標では異常がないが、本人が全身倦怠感を訴えている。

盲点の窓」パターン
→本人に病識はないが、検査結果などの客観的指標からは明らかに治療介入の必要性がある。

 

具体的な疾患で話をするならば
「救急車で運ばれてきたくも膜下出血」は開放の窓

「冬になるたびに腹痛に悩まされる過敏性腸症候群」は秘密の窓

「まだ初期の癌」「収縮期血圧180を超え、検診以上を指摘されているが無症状でピンピンしている高血圧」は盲点の窓

となるでしょうか。

 

「ジョハリの窓」でどこに該当するか、で変わる指導方法

病気を診断して、治療する」と一口に言っても、実はそれは大きく3つに分類できたのです。

上手く当てられない後輩を指導する」と一口に言っても、実はそれは大きく3つに分類できたのです。

この点で医療と弓道、は似た側面があるな、と感じました。

それぞれの窓でどの様に治療介入/指導していくかは異なる様に感じています。

相手を励ます割合が大きいのか、相手を圧倒するわりあいがという話は別の機会に考えていきたいと思います。

では。

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